中国の世界遺産

名前 場所 登録年 概要
            九寨溝
の湖
四川省北部 1992 九寨溝とは、谷間に9つの村が点在するためにこう名付けられた。
1997年にはユネスコの「人間と生物圏計画」(MAB)の生物圏保護区にも指定されている。
そのため、1日の入場者数が制限されていますが、中国屈指の観光地として人気があるそう。
九寨溝の湖は、エメラルドブルーに色づく透明度が高く美しい湖で、底に沈む何千年にも渡る倒木も、歴史を物語ってくれる神秘的な景観の一つとなっています。また、ジャイアントパンダの生息地としても有名であり、観光ができる最高到達点標高が3000ⅿ以上となっています。
黄龍 四川省 1992 九寨溝の近くにある、石灰岩の層が棚田のようになった神秘的な湖沼郡です。とても良い状態で残っている中国唯一の高原湿地帯であると言われています。黄色がかった、乳白色の石灰華が、雪に残る山脈を昇っていく黄色い龍に例えられた事が、黄龍という名前の由来になったそう。ここでは黄、緑、青、茶色などに変化して見える美しい水や、黄金色に輝く石灰華の層、滝や谷が形成されています。九寨溝と並び、黄龍も絶景観光地の一つとされています。
峨眉山と楽山大仏 中国四川 1996 峨眉山は中国仏教の聖地として大切にされてきた霊山であり、標高は3099ⅿもある名山です。三大霊山や中国四大仏教山の一つとされてきてます。峨眉山の中には仏教寺院が26つほどあることもあり、山中では一年中鐘の音が鳴り響き、常にお線香の香りに包まれています。楽山大仏は803年に完成され、高さが奈良大仏の5倍の71ⅿで世界最大級となります。峨眉山から40㎞ほど離れた場所にあり、崖を削って造られた仏像で、磨崖仏とも呼ばれています。
武当山古建築 湖北省十堰市 1994 武当山は、中国における聖地の最高峰とも呼ばれています。71峰が主峰に向かって傾斜をしている広大な山であり、その峰々は全長400㎞にもなる。主峰は標高1612ⅿの天柱峰、道教武当派と中国武術の武当拳発祥の地とされており、古くから多くの宗教家・武当家に拝まれてきた場所です。この地域全体がそのまま世界遺産として認定されました。道観と建物では玉虚宮や金殿などの古建築群も有名です。
古村落-西逓・宏村 安徽省 2000      

 

西逓村は、11世紀、宋朝の元祐年間にある河川の西岸にできた安徽省南部黟県にある村です。宏村も同じ場所にある村で、明清代の歴史建築が数多く残る村落でもあるため、家々をめぐる水路が残っています。西逓村と宏村は中国最高の名山・黄山の麓に佇むかわいらしい村落です。かつての繁栄を物語る白壁の独特な住宅が立ち並んでおり、周囲の美しい山々の景色とあいまった、まさに桃源郷のようだと称えられています。

中国南方カルスト 貴州省重慶市雲南省 2007 雲南省石林をはじめする、箐口天坑、天生三橋、芙蓉洞など、三つの場所を含む重慶武陵、民族の人々が生活をしいる貴州省茘波県にある各カルスト地形が、最初に世界遺産に登録されました。その後、、桂林、施秉県、金佛山、環江が追加で登録認定されています。カルストと呼ばれている古く昔から形成されてきたこの地形は、各地に点在しています。
五台山 山西省 2009 仏教名山(四川省の峨眉山・安徽省の九華山、浙江省の普陀山)とともに中国四台大仏教名山の一つに数えられています。五台山には、多くの寺院があったといわれており、現在でもその一部は残されていて、景観としても、また、信仰の拠点として尊ばれてきた山と知られています。仏教山ではあるものの、仏教とラマ教の二つの備える中国唯一の場所であり、かつてダライ・マラもこの地を訪れたとのこと。また、日本からも平安時代に円仁という有名な僧侶がこの地に訪れています。
殷墟 河南省 2006 紀元前の中国において繁栄したと考えられている王朝の殷。今では中国最古の王朝遺跡だといわれています。世界遺産に登録された殷墟では1899年、初めて動物の骨に刻まれた甲骨文字(こうこつもじ)が発見されました。これをきっかけに、架空の存在であった、殷王朝の存在が実証されたのです。この時代に文化や宗教関係に重要な役割を担っていたと考えられています。
高句麗前期の都城と古墳 遼寧省・吉林省 2004 高句麗時代の物と考えられている遺跡が、高句麗前期の都城と古墳として、世界遺産に登録された。(同年、北朝鮮の高句麗古墳群も同時に登録された。)登録範囲には、遼寧省にある五女山城(ごじょさんじょう)や、吉林省にある丸都山城(がんとさんじょう)、国内城などの各城郭や、同時代に造られた複数の墳墓が含まれている。
雲崗石窟と龍門石窟 河南省洛陽市 2000 河南省洛陽市の南方の、伊河(伊水)の西岸の龍門山(西山)と香山(東山)にある石窟寺院です。石窟の建設は旧都の近くにある雲崗石窟の後を受けて、この地にも石窟や仏像が刻まれ始めたことによります。1500年ほど前から、無数の石窟が南北1kmの断崖絶壁に並びます。高さ17mのものから2cmの小さいものまで大小合わせて2345つ、仏像彫刻に至っては10万体以上が存在しています。山西省の雲岡石窟や甘粛省の敦煌莫高窟とともに中国の三大石窟と言われています。
青海フフシル 青海省 2017 可可西里(フフシル)はチベット語で崑崙雪山の地を意味すると同時に、千湖の地も意味します。チベット高原の北東、青海省に広がる。この無人地帯であるこの山地は、自然状態が原始的にほぼ完全に維持されていて、230種類以上の野生動物が点々と生息し、まさに野生動物の楽園となっている。国家自然保護区の一つです。
良渚古城遺跡 浙江省杭州市 2019 良渚古城は紀元前3000前後(新石器時代)に建てられた古城遺跡です。良渚では農具や、遺跡では祭祀用の道具が出土しています。新しく世界遺産を決めるユネスコの第43回世界遺産委員会議がアゼルバイジャンの首都バグーにて開かれ、中国の世界遺産に認定となった。これにより、中国での世界遺産は55件となり、国別で世界最多となった。
故宮博物院(紫禁城) 北京 1987 故宮博物院は、かつての名を紫禁城といいます。北極星にある天帝が住む宮殿(紫微垣・しびえん)また、庶民に対してそこへの立ち入りを禁じた(禁地)から、この名前の由来がきています。明・清朝の皇帝の王宮(宮殿)として使用されていたことから、その後は故宮と呼ばれるようになりました。1420年に建造されましたが、1694年の李自成の乱で焼失、のちに清によって再建されています。1925年より、博物館として一般公開がされました。入場は故宮南側の天安門からのみ可能。天安門は、大きな毛沢東の肖像画が飾られていることでも有名です。
ラサのポタラ宮の歴史的遺跡群 チベット自治区の都・ラサ 1994 チベット自治区の都・ラサはチベット仏教最高峰の地であり、ラサのポタラ宮はチベット仏教の歴代ダライ・ラマが政治的、宗教的な場所として使っていた。また、ジョカン寺(ガンポ王の妃・文成公主が7世紀に建立した仏教寺院)、ノルブリンカ(ダライ・ラマが避暑地として利用した宮殿)も追加され、これらの建築物がラサのポタラ宮と歴史的遺跡群として世界遺産に登録されています。
頤和園 北京 1998 昔、中国の歴代皇帝が避暑地として利用した大庭園と言われています。この庭園内には山や建築物が数々あります。起源は1153年、金王朝皇帝の海陵王が行宮を造ったのが始まりです。当時は清漪園と呼ばれていました。1860年アヘン戦争の際、英仏連合軍によって破壊されますが、歴代中国皇帝の清漪園への思いが受け継がれたことから、清漪園の再建を行い、のちに頤和園となりました。高貴な人々から大切に思われてきたそこでは、蘇州街、仁寿殿、仏香閣、そこからは美しい昆明湖の景色を眺めることができます。
三清山国立公園 江西省 2008 三清山形成する三峰(玉京峰、玉虚峰、玉華峰)がまるで元始天尊、霊宝天尊、道徳天尊という三人の道教の神様(三清)のようだと例えられ、その名前がつけられました。よって、中国の思想では道教に関係する山として知られている三清山では、三峰に雲海がかかった時の光景が本当に仙人が現れてきそうなほどの大変幻想的な雰囲気を感じることができます。また、季節ごとに多種多様な緑や花などの光景や道教の古建築も多く、三清山では大自然だけでなく中国ならではの文化が様々な角度から堪能できることでしょう。
マカオ歴史地区 マカオ 2005 マカオ歴史地区には、22の建造物、8ヶ所の広場があり、中世の東洋と西洋の交易からの文化が残っており、ヨーロッパを思わせるような綺麗な街並みでとても心地が良い場所です。ここでの世界遺産は町なかの風景の一部となっていることから、歩いていると気づかないほどのこれが世界遺産?!といった発見の面白さも味わえます。マカオはカジノなどの近代的なイメージがありますが、この歴史地区へ足を運ぶと、マカオそのものが世界遺産なのだと感じることができます。
大足石刻 重慶市 1999 重慶市にある石刻群を大足石刻として、合計27ヶ所が世界遺産に登録されており、ここには5万体以上の石刻があります。約8000年の歴史を誇ります。石刻芸術は雲崗石窟、龍門石窟、莫高窟の中国三大石窟が最も有名ですが、引けを取らない、中国を代表とする仏教芸術として知られています。宝頂山、北山、南山、石篆山、石門山の5ヶ所に石刻の大半があり、仏教ゆかりのものが主ですが、中には道教のものもあります。この中で宝頂山と北山の石刻群がより多く石刻があります。中国で重点保護文化財に指定されています。
承徳避暑山荘と外八廟 河北省 1994 中国皇室の中で最大規模の庭園です。清の時代に離宮として造られた敷地は山や湖があるほどの広大さです。この地を気に入った清の康熙帝が1703年に建築を開始しますが、建築が完成するまでの間に逝去してしまいます。完成したのは1792年、90年の歳月をかけて中国最大規模の皇宮を造り上げ、夏の間はここで歴代皇帝が政務を行うようになりました。今は観光客向けに庭園内にバスが走っています。山景区では城壁に登ると万里の長城のような風景を眺められます。また、湖景区は徒歩やボートでゆったりと散策できます。平原区では平原がきれいに整備されており、昔皇帝がモンゴルの王侯貴族と謁見する際にはこの平原にモンゴル式テントを張ったともいわれています。
蘇州古典園林 江蘇省蘇州 1997 1997年に拙政園、留園、網師園、滄浪亭、環秀山荘の5ヶ所、2000年には獅子林、芸圃、耦園、退思園の4ヶ所の合計9ヶ所が世界遺産として登録されました。蘇州に残る古庭園は、私的財産を投じて趣味の一環として造られたものが多く、最も多い時期には200以上の庭園があったそう。
青城山と都江堰 四川省 2000 青城山は36峰からなる山岳、都江堰は古代からある水利施設です。青城山は中国における道教の聖地と呼ばれ、現在でも青城山には道教寺院が多く点在しています。青城山は風景名勝区主要部分とされている前山、神秘的な美しさが見られる後山と大きく分かれています。都江堰は紀元前256年頃に水利施設として造られました。都江堰市を水害から守り、その水を生徒に流し込んでいたことから、成都に潤いを与え、農業地帯へと変えていったのです。
泰山 山東省 1987 泰山は中国三大宗教すべての聖地であり、最も尊いと呼ばれています。また、神の宿る山とも言われていることから、歴代の皇帝が度々訪れ、儀式(封禅)をしていたとも言われています。現在でも、中国の国家元首が泰山に足を運び、天下が平和であることへの感謝や報告を兼ねて儀礼を行っているそうです。また、この地は多彩な植物も存在し、中国の宗教文化を体感するにも、自然環境においてもとても優れています。
平遥古城 山西省 1997 明・清時代には中国金融の中心地として発展した、古い城塞都市です。中国国内において、保存の状態が最も良い明清時期の古代県城です。平遥古城は、城壁に囲まれており、城壁面積は約2.25㎞²で非常に小規模な都市ですが、学校も病院もあり、都市機能が備わっています。そんな中、中に入ると明清時代にタイムスリップをしたかのような、とても古風溢れる街並みの光景が目に飛び込んできて、驚くことでしょう。
開平楼閣と村落 広東省 2007 1368~1644年・明代の頃、当時の開平地域では盗賊や水害から身を守って回避する目的として、楼閣が本格的に建築し始めました。こういった同時代の状況などの影響によって、村落と楼閣は大幅に発展し、楼閣建設のラッシュとなりました。また、楼閣は中国ならではのデザインとまた違い、西洋建築様式とが融合した姿となっています。これは、大陸横断鉄道の竣工に伴って開平の華僑たちがアメリカに移住した際に影響を受け、後の排華政策で中国に帰ってきた華僑たちが中国の古典建築にだけでなく、自由発想溢れる建造物を生み出したといわれています。
福建土楼 福建省南西部 2008 春秋時代より、戦乱が繰り広げられ敗北したも元王朝や貴族の人々は、一族で南下してきました。しかし南部住民との関係がうまくいかず、よそ者として客家と呼ばれるように。そこで客家は結束して自分たちの身の安全を守るために福建土楼を造ったのです。後に盗賊からも身を守るためと付け加えられました。中庭を中心として、その周りを囲うように3階建て~5階建ての住宅が建てられ、外敵の侵入を防ぐために入り口は一つだけとなります。ここには80家族以上があつまったそう。円形や楕円形、方形といった様々な外観で造られている、大きな集合住宅です。
武夷山 福建省 1999 ウーロン茶の産地として有名な武夷山は、1999年に複合遺産としての価値を認められ、世界遺産になりました。36峰からなる武夷山には数多くの植物と動物が生息し続けています。それは武夷山の地域では亜熱帯気候のこともあってだと思われています。そんな自然遺産もある中、ここには道教寺院や遺跡なども残されています。中国最大の面積を誇る世界遺産となっています。九曲溪や天遊峰などが有名なスポットとしてあげられています。
杭州西湖 浙江省杭州 2011     

 

中国十大風景名所として認知されている、湖だけでなくとりわけ美麗な風景を誇るスポットの一つです。中国古代四大美女と言われた西施。春秋時代にその美しさから越王・勾践の妃が、夫が西施に惑わされないよう、西湖に沈めたという言い伝えがあり、西施の名前から、西施の湖=西湖と呼ばれるようなったという説があります。湖の周辺には文化遺跡、両堤三島、特色ある植物群なども含めて名所となっています。

四川ジャイアントパンダ保護区群 四川省 2006 四川省には中国全体の約30%、絶滅危惧種のジャイアントパンダ約500頭が生息しています。この保護地区は世界最大の生息地となっています。また、ジャイアントパンダだけでなく、多くの希少動物も暮らしています。絶滅危惧種として本格的な保護活動が始まったことで、その繁殖の試みが行われるようになりました。パンダの生息条件はパンダの食料の竹が多い高地です。ですので、ジャイアントパンダ保護区も全て高地にあります。
莫高窟 甘粛省敦煌市 1987 中国を代表する仏教遺跡として、各国の仏教徒から愛されているスポット。366年仏教僧楽僔が造り始め、その後1000年かけて山を切り開いて建築した石窟の寺院となっています。中に入ると、仏教徒や周辺の民族たちが描いた一面壁画があります。総面積は4500平方ⅿに及びます。まるで画廊のようなその絵は、壁に刻み込まれた、信仰の熱意がひしひしと感じられ、無宗教の方やまだ仏教には興味を抱かないような年齢のお子さんでもきっと目を惹かれることでしょう。
秦始皇帝陵及び兵馬俑坑 陝西省西安 1987

  
古代中国、初めて中国全土を統一したのは当時まだ13歳の秦の始皇帝です。即位後すぐ、自分の陵墓を造り始め、望み通りそこで永眠しました。秦始皇帝陵墓の存在は地中に埋もれていたことから、長い時を超えて1974年に現地住民が井戸を掘る作業中に偶然発見します。中国史上大発見となった秦始皇帝陵墓及び兵馬俑坑では、調査を進める中そこにはまだまだ驚きが沢山出てきます。3つの俑坑から成る兵馬俑坑では戦車の俑が100台余り、馬の俑が約600体、そして武士の俑が約8,000体という、膨大な数が判明します。また、すべての俑が当時敵国があった方向(東)を向き、等身大の一人一人全く違う顔をした武士俑という、俑一つ一つがとてもリアルに造られています。これらの造形物から、当時の生活様式に関わる事柄が推測できました。

麗江旧市街(麗江古城) 雲南省 1997  

 

麗江旧市街は中国少数民族のナシ族が造った街で、独特の美しさを放っています。特徴としては、灰色の瓦屋根が街一面に広がっており、かわらの海と呼ばれることもあります。また、中国の街は城壁があるタイプが一般的なのですが、この世界遺産は城壁がありません。とても珍しいタイプの古城であるといえます。まだ世界遺産に登録される前、この地域では1996年の地震災害を受け、建築物のほとんどが木造のため、一部は崩壊してしまいました。ですがその後、世界遺産に登録されたことから、少しづつ順調に復興を遂げ、今では周辺の町並みも回復しています。また、ナシ族の人々の生活の様子や民族衣装など、同じ中国でもその地ならではの生きている歴史を見ることができます。

万里の長城 北京 1987  

 

中国が統一された秦・始皇帝の時代に、匈奴の侵略から領土を守るために建設されていき、明朝時代に完成したといわれています。総長約6000キロの世界最大の城壁です。宇宙から肉眼で見える唯一の建造物と言われてことでも有名な世界7大奇跡の世界遺産となっています。長城建設には50万人徴用であったそう。観光地としての主要スポットは、八達嶺長城・慕田峪長城・黄花城長城・金山嶺長城・司馬台長城・居庸関・山海関・嘉峪関などで、この中でも八達嶺長城は北京から比較的近く交通の便も良いため、万里の長城において人気の観光地となっています。

黄山 安徽省 1990 中国が統一された秦・始皇帝の時代に、匈奴の侵略から領土を守るために建設されていき、明朝時代に完成したといわれています。総長約6000キロの世界最大の城壁です。宇宙から肉眼で見える唯一の建造物と言われてことでも有名な世界7大奇跡の世界遺産となっています。長城建設には50万人徴用であったそう。観光地としての主要スポットは、八達嶺長城・慕田峪長城・黄花城長城・金山嶺長城・司馬台長城・居庸関・山海関・嘉峪関などで、この中でも八達嶺長城は北京から比較的近く交通の便も良いため、万里の長城において人気の観光地となっています。
天壇 北京 1998

 

天壇は皇帝が天帝を祀るための場所です。1420年、明の永楽帝が建立したといわれており、県世悦当時は天地壇と呼ばれていましたが、1534年に天壇と地壇に分離されました。かつては一般人の立ち入りを禁止られた神聖な場所でしたが、今は公園として自由に見学が可能となっています。天壇の圜丘壇では皇帝が一年の出来事を天へ報告し、祈年殿では正月に五穀豊穣を願い祈られてきたとされています。

新疆天山 新疆省 2013 天山は世界的にも大規模な山系として、世界七大山系の一つに属しています。中国を始めとしてキルギスやカザフスタンなど四カ国にまたがっています。天山は、山地・オアシス・砂漠といった、自然の典型的な生態系をもっています。そのため、湿島効果があり多種多様の生態形態を保護し、育っていきます。この新疆天山では、万年雪と氷河のある高山が大峡谷にあったりと、まさに自然の芸術と呼ばれています。
上都遺跡 内蒙古自治区 東北方面 2012 13世紀にフビライが中国北方の草原で建設した、歴史上最大の帝国であったモンゴル帝国(元)は、元大都(現在の北京市)と共に元の二都となりました。元上都の主要役割は、元朝皇帝の避暑地となることでした。また、当時は世界でも大都市として繁栄していましたが、13世紀~14世紀に何度も戦火に見舞われたことから世界と中国に大きな影響を与え、元上都は崩壊となったといわれています。元時代の皇帝11名中、6名がここで即位していた。
曲阜の孔廟、孔林、孔府 山東省 1994    

 

孔子の生誕地の曲阜では孔子ゆかりの建造物(孔廟、孔林、孔府)が三孔と称され、史跡となっています。孔子は儒学の祖として知られており、儒学開祖であるこの地は長くに渡って大切に保護されてきました。孔廟は孔子の神霊を祀る霊所です。中国三大宮殿(他、紫禁城と岱廟)の一つとされています。孔府は代々孔子直系の子孫が暮らしていた邸宅で、役所の役割をもっていました。孔林は孔子と子孫一族の墓所となっています。

天地の中央にある登封の史跡群(天地之中) 河南省 2010 漢代から清代ごろ、2000年に亘って建てられた建築群。天地の中心にある中国の中でも中核をなす場所(中原)と、伝統的な考え方が中国には古くからありました。それにより、中原には中国人にとって大切な場所であり、河南省一帯に重要な建築物を造られてきました。太室闕と中岳廟・少室闕・啓母闕・嵩岳寺塔・少林寺建築群(常住院、初祖庵、塔林)・会善寺・嵩陽書院・周公測景台と観星台が登録されました。
武陵源の自然景観と歴史地域 湖南省 1992 何億年も昔、ここ一帯は海底でした。武陵源の周辺は山岳地帯となっていて、珪岩によって形成される柱が立ち並んでいます。長い年月をかけた地殻変動によって、独自の自然観を生み出されたのです。中国湖南省には、自然保護地区や自然公園が存在し、これらのエリアが武陵源として世界遺産に登録されました。(張家界国家森林公園、天子山自然風景区、索渓峪自然風景区、楊家界風景区)
澄江の化石出土地域 雲南省 2012 澄江の化石出土地域一帯では、20世紀末にカンブリア紀のものとみられる化石が多数発見され、ミロクンミンギアが発見され、世界中から注目されました。このエリアで発見された化石は非常に保存状態が良く、出土の種類も多く、地球上の生物進化の流れを研究していく中で大変貴重で考えられています。
廬山国立公園 江西省 1996 仏教の霊山・聖地ですが、この一帯には儒教や道教の寺院も多く建てられています。標高は1543メートルの名山となっています。廬山の峰々の姿に魅了された李白、司馬遷などの多くの名詩人達が廬山に関する作品を作ってきたことでも有名です。九奇峰や五老峰など、連なる佇まいにはさらに霧がかかって幻想的な自然美で知られています。
中国丹霞 貴州省 他 2010 有史以前に形成されたものであると言われているこの地形は丹霞(たんか)と呼ばれており、赤い堆積岩が作り出したこともあり赤みを帯びています。この丹霞が存在している主な場所では、貴州省・福建省・湖南省・広東省・江西省・浙江省などが挙げられます。ほとんどがジュラ紀から新第三紀に作られたものだと言われています。
シルクロード(天山回廊の交易路網) 河南省 他 2014 中国とカザフスタン、キルギスの3カ国にまたがる遺産であり、共同で申請しました。長安~中央アジアに至るルート(天山回廊)約8700㎞の遺跡群、仏教石窟寺院など、33個の点在遺跡が含まれています。シルクロード:長安(絹の道)は天山回廊の交易路網という名称で世界遺産に登録されました。紀元前2世紀~起源16世紀にかけて文化交流を促したシルクロードの一部であった。
土司の遺跡群 湖北省 他 2015 古代中国王朝が少数民族のリーダーに与えた官職のことを、土司といいます。北西や南西の境界に接する諸民族を統治する方法をとりました。遺跡群は湖南省永順土司城遺跡(中国国内で最大規模、最古の土司上遺跡で、保存状態も最もいいとされている)・北省唐崖土司城遺跡・貴州省播州海竜屯遺跡の3か所(土司の遺跡群)が世界遺産となっています。世界遺産登録はこれで48件目となりました。
左江花山の岩絵の文化的景観 広西チワン族自治区 2016 紀元前5世紀~2世紀、チワン族祖先の駱越人が描いたものです。明江、西岸の断崖に赤い顔料で描かれています。この岩絵はほとんど人物像で、腕を掲げて足を曲げたポーズをとっていたり、銅鼓を持ち踊る人々の様子から、何らかの儀式や祭りをしていたのではないかと考えられています。研究の結果、最古の岩絵が16000年前、最新の岩絵が690年前と追う可能性も出てきているそう。
鼓浪嶼(コロンス島)歴史的共同租界 福建省 2017 福建省アモイの西岸から500m沖に浮かんでいる小島で、アヘン戦争後に結ばれた南京条約で開港され、その後外国人の居留地へと発展した。1903年、国際共同租界の一つとなりました。現地の閩南語の発音に基づいて、コロンス島とも呼ばれています。現在コロンス島は中国の有名な観光地となっており、街並みの中には福建省南部の伝統的な様式だけでなく、それと他にも異なった様式が混ざり合った数多くの建物に目が惹きつけられます。
北陵公園(昭陵公園) 瀋陽市 2004 清の2代目皇帝太宗皇太極ホンタイジとその妻(孝文端皇后)のお墓があります。(総面積は3300m²)正式名称は昭陵ですが、市の北部にあるため北陵と呼ばれています。陵を中心として古風な建物や広い湖など、中国ならではの庭園の趣がそこにはあります。建築物ともに状態は良く残っており、当時の建築技術文化を知ることができます。世界遺産としては、明・清王朝の皇帝墓群の一部として登録されました。敷地内になる宝城の地下には宮殿があり、皇帝夫妻の棺が安置されています。
雲南三江併流の保護地域群 雲南省 2003 雲南省には、3つの川が流れています。長江上流(金沙江)、メコン川上流(瀾滄江)、サルウィン川上流(怒江)のことを指し、雲南三江併流と呼び、それぞれ交わることなく平行に北から南へ流れています。この地帯を自然遺産として世界遺産に登録されました。ここでは固有種や絶滅危惧種も含んだ世界の動物の約25%(約880種)が生息しています。ヒマラヤ山脈も近く、標高が富士山より高いエリアばかりです。
京杭大運河 北京市 他 2014 北京(北端)から黄河と長江を横断、杭州(南端)へ至り全長1794㎞となるこの京杭大運河は、紀元前5世紀~6世紀の隋の煬帝が完成させたものである。この運河は万里の長城と並ぶほどで、中国国内だけでなく、世界的にもその長さがとても有名です。人力と馬などの動物に頼む方法では遅いうえにそれほど運送量も多くはありません。そのため、この南北を貫通する水路を切り開くことで当時の中国国内にとって、流通面で大変利益をもたらしたのではないかと考えられています。
紅河哈尼棚田群の文化的景観 雲南省 2013 雲南省には、紅河ハニ族イ族自治州と呼ばれる区域があり、その名称にもあるハニ族という民族がこの広大な棚田を1000年以上かけて造りだしました。総面積約54000ヘクタール、最大標高1800ⅿ、最大勾配75度の斜面で3000段以上もあります。棚田の水面には空が映り込み、季節によって木々の彩りも加わって、その一瞬でしか見ることができない景色がそこにはあります。また、紅河地区ではハニ族の伝統的な暮らしを見学できる村もあるため、ハニ族の文化を知ることができます。
湖北の神農架 湖北省 2016 中国として50件目に世界遺産に登録された湖北の神農架は、古代の医学と農業に大変優れていた名ある神農皇帝が薬草を摘むために訪れていたといいます。ここは唯一国家に指定された林区となっています。主な景区は、昭君故里(中国四大美女の一人、王昭君の生家)・神農壇景区(神農がモデルの巨大な頭部が祀られている)、天生橋景区(天然の橋と渓谷がある)、官門山景区(UMAの野人伝説となった保護区と博物館)、神農頂景区(奇岩群がある)、大九湖景区(湖が9つある高原地帯の湿原)となっています。また、神農架内には金絲猴やオオサンショウウオなど数多くの固有種から絶滅危惧種が生息しています。
梵浄山 貴州省 2018 梵浄山が世界遺産に登録され、中国の世界遺産は53件となりました。武陵山脈の主峰とし、標高2570ⅿの名山です。ここには多くの貴重な動植物が生息しており、動植物遺伝子バンクとも呼ばれているとか。1000年の歴史を持つ中国の十仏教名山の一つで、弥勒菩薩の聖地として崇められた場所でもある。拝仏台から梵浄山を眺めると、三体の弥勒菩薩像が見られるといわれています。新金頂は座っている姿、老金頂は金絲猴が弥勒菩薩像を崇める姿、峰を合わせて見ると横たわる弥勒菩薩像にそれぞれみえるとのことで、梵浄山仏教の象徴的存在となっている。
渤海湾沿岸の渡り鳥保護区群(中国の黄海) 江蘇省 2019 渤海湾沿岸の渡り鳥保護区群では、江蘇省塩城市の長年に渡った湿地状態の厳格な保護によって、生態文明に対する志が貴重な渡り鳥がやってきています。その数は300万羽以上の渡り鳥が通過、その内100万羽弱が保護区内で冬を越すのだそう。この登録により、中国では初で、全世界では2件目になる潮間帯湿地の世界遺産となりました。渡り鳥の楽園を守るこの活動は世界中から注目を浴びています。
周口店の北京原人遺跡 北京市 1987 北京原人の化石が発見された旧石器時代の遺跡です。1920年代にこの地で頭蓋骨が発見され、約70年前から20万年前のものと推定されました。他にも、石器や火を使った跡、骨製の道具などが見つかっています。北京原人化石は男女合わせて約40体。骨の部位はバラバラで骨の破片もありますが、この発見によりそこに人類がいたということ、人類の進化を辿る貴重な資料がそこにはあります。約200年前にアフリカで誕生、時代を重ねジャワ島に到達(ジャワ原人)、その後中国大陸の北京に移住したと考えられ、その遺跡を基に北京原人と名前がつけられました。
明・清王朝の皇帝墓群 北京市 他 2000 北京市、江蘇省、遼寧省、湖北省、河北省に明・新王朝の皇帝墓群が所在しています。陵墓群では、王朝時代の中国とその文化を象徴する建造物や造形物はどれも美しく豪華です。2000年に世界遺産登録されましたが、2003年・2004年も遺産が追加され、範囲が拡大となりました。王朝の墓群には後金皇帝ヌルハチの陵墓を加えて、計25人と皇后、妃たちの皇帝墓群となっています。所在地全てを行くには大変かもしれませんが、万里の長城から比較的近いので魅了されに巡ってみてはいかがでしょうか。

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